彼の油断


「しまった…」

しまった。
そう気づいた時には遅かった。
俺としたことが、油断していた…訳じゃない。失念ってヤツか?していたっつーか。
あれは、『しまった』だろ。

「陛下、如何なされました?」
「如何も何も…あー、俺としたことが! シオン、セナを連れ戻して来い」
「は? 恐れながら、セナはこれから任務で出発では?」
「任務より重大なことなんだよ! いいから、行け!」
「わ、わかりました」

駄目だ。絶対に駄目だ。
さっき、近衛連隊長のセナを見たが…所々が近衛連隊長じゃなかった。
昨日、『国王陛下の警護』という名の任務をさせたせいだ。
残っているんだよ。
『恋人』としてのセナが、所々に。
首筋はまあ…俺のせいだけどさ。
ふとした瞬間の雰囲気に、色気があるっつーか何つーか。

「陛下、お呼びでしょうか?」
「ああ。セナ、お前に与えた任務、あれダナイに変更だ」
「それは…訳をお尋ねしても、宜しいでしょうか?」
「訳、か…いいぜ。おっと、その前に…シオンとレイヤードは」
「分かりました。何かありましたら」
「何もねーよ。セナが居るんだし」
「そうですね。では…失礼致します」

シオンが何か言いたそうだったが、今は悪いが無視させてもらう。
こんな時、物分りのいいレイヤードが助かる。

「それで、訳と言うのは?」
「訳は、こーゆーことだ」
「陛、かっ」

言うよりも先に、行動する。
いきなり抱き寄せられたセナの、その慌てっぷりが可愛い。
頬にキスしてやれば、もっと可愛くなる。

「…訳になっていません」
「まあな。今のは単に、キスしたかっただけだ」
「…からかっていますね?」
「いや。俺は至って真面目だぜ?」
「……」
「何だよ、その目は」

疑うような、呆れた目。
目の前に可愛い顔をした恋人が居れば、キスしたくなるだろう?
それでなくても、逢う度にキスしたいって思うってのに。
はいはい。そんな目で俺を見るなよ。

「お前さ、今は確かに『セナ中将』の顔してるけど…色気があるんだよ」
「は? 仰る意味が…理解に苦しむのですが」
「だから、昨日の恋人としてのセナが、残ってるんだよ。艶があるってことだ」
「ツヤ…ですか」
「そう! 昨日『ヤってました』って言う艶」

仕事とプライベート、きっちり分けてるセナでも隠し切れないモノ。
こればかりは、いくら顔を引き締めていてもだ。
まあ…普段のセナからも、じゅーぶん色気を感じるけどな。

「陛下が危惧するようでしたら、夜の警護はやめることに致します」
「誰もやめろとは言わねーよ。寧ろ、毎日してくれ!」
「…そうして、毎日任務から外されるのでは困ります」
「…それはそれで、問題なんだよな」

セナにしか任せられない任務だってあるし。
近衛連隊長の面目もある。
セナが近衛連隊長だからこそ、夜の警護を言いつけられる訳で。
しまった。
これはこれで、問題だ。

「思い切って、セナは俺の恋人だって言っちまうか?」
「思い切らないで下さい」
「…即答かよ」
「当然です。何をどう考えられると、そのような結論に辿り着かれるのですか?」

何だ、嬉しくない訳?
誰の目も気にせず、俺はお前のモノだって言えるんだぜ?
俺は今すぐにでも、セナは俺のモノだって言いってやりたい。
そう…セナは俺だけのモノなんだ。

「…お前のこと、不埒な目で見ている奴を見つけた時とか」
「拗ねたように仰りますが…アナタが私のことを一番、不埒な目で見ていらっしゃると思います」
「…何か、すげぇ凹むぞ」
「すみません…少し、意地悪でした。私も、クリスと同じ気持ちになる時があります」

静かに目を伏せて、言う。
セナから見た、国王陛下と言う俺の存在。
多くの人間の憧れや、尊敬の眼差しと、それに混じった欲のある目。
男も女も関係ないとか。
そんな時、セナも思うらしい。
俺の恋人は、自分だ…と。

かなり、嬉しいぞ。

「じゃあ、何で即答したんだ?」
「…あれは…何だか、自棄になられた感じがしましたので…」
「ふーん。思い切って言うのが駄目ってことか?」
「…まあ、そういうこと…です」
「ふーん」

そうか。
ちゃんと順番とか踏んで言うならOK。
公の恋人宣言も否定無しってことか。
そうか、そうか。
ふーん。

「それで、私にツヤがあるという問題は、どのように解決すれば宜しいのでしょう?」
「あー…いいよ、そのままで。やっぱ、艶があってのセナだからな」
「そんな私は要りません」
「どうして? 俺が与えたモンだぜ?」
「…でしたら、アナタ以外には感じ取らせたくはありません。アナタのモノは、私だけのモノです」
「セナ…」

俺は、お前のモノなんだな。
はっきり口にされて、確かに感じられた。
『かなり』より、『物凄い』嬉しいぞ。

「セナ中将殿、今のご予定は?」
「…陛下が任務を変更されましたので、丁度、手が空いております」
「なら、任務だ」
「はい…」

言葉で確かめたから、今度はそっちで。




「ですが、こうも思います。私のツヤの素がクリスなのですから、問題はクリスご自身にあるのでは?」
「俺が?」
「はい…私をそんな風にしているのは、クリスですから」
「…あー…そー言っちまえば、そうなるんだな」

しまった。
それはそれで、問題…なんだろうな。 inserted by FC2 system