懐かしい匂いがする。
 そこにはいつも大切な人がいて、大切な仲間がいた空間。
 懐かしい暖かさがする。
 大切な…大切な、人の…。

「…夢…でしょうか…」

 目に映ったのは、見慣れた天井。

「夢なんかじゃないぜ?」

 耳に聞こえたのは、涙が出るほど嬉しくなる声。
 天井が滲んで行く。
 流れたのは、涙だ。

「…クリ、ス?」
「よっ」
「本当に…本当、ですか?」
「マジも、マジ。俺だぜ」
「…夢でも、幻でも…」
「瀬那…お前、しつこいぞ」
「…本物、ですね」

 夢か幻か。本当なのかどうか信じられなかった心は、どの辺で信じたのか。
 多分、来栖の呆れたような口調だろう。
 滲んだ視界に、その来栖が映る。
 夢でも幻でも何でもない。
 帰ってきたんだと。

「何だか、凄く懐かしい気分です」
「たった三日でか?」
「たった三日でも、私には長く感じられました。世界放浪をしていた頃からは考えられませんね」

 だが、世界放浪してても連絡は取っていた。
 1週間だったり、1ヶ月だったり。
 来栖は瀬那からの連絡を待つのが楽しみで。前の連絡から時間が経っていても、長いとは感じず。
 逆に瀬那は、次の連絡をいつにしようか悩み。その悩んでいる時間があっという間に過ぎ去って。
 あの時、離れていた期間の時間が早いような気がした。
 今回の事件の場合、お互いに連絡の取れない、一刻の猶予もない緊迫した時間を過ごした。
 その緊迫した時間が、長い時を錯覚させたのだろう。

「…クリストファー様」
「何だ?」
「もし、私が黒い翼になっていたら…どうしました?」
「どう…って」
「暴走していたら…殺してくれましたか?」
「バカヤロウ!」

 乾いた音が、部屋に木霊する。
 それは来栖の怒りが、瀬那の頬にぶつかった音だった。

「お前、俺が殺すと思って言ってるのか?」
「……すみません。ただ…」

 ただ、あの時の絶望は、そうなる可能性が十分にあったから。
 今の精神状態なら、暴走してしまってもおかしくないと思ったから。

「ったく。お前が暴走しても、俺が止めてやる。羽村が御園生を止めたように、俺がお前を」
「クリストファー様…」
「それに、だ。お前に黒い翼が生えよーが、お前がお前なら、お前なんだよ」

 たとえ姿が変わっても、心が変わっていないのなら、それが瀬那なんだと。
 心までも変わってしまったら、そこに来栖は居ないだろう。
 瀬那が瀬那だから、今も変わらずここに居た。

「…有り難う…御座います…」



続きます

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